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2005年08月17日:旅のはじまり

阿佐ヶ谷を紹介しているHPは沢山ありますが、中でも「阿佐ヶ谷遊覧」は、美しい
イラストと愛の溢れる文章で、阿佐ヶ谷を紹介するときに必ずと言って良い程紹介
されるHPの一つではないかと思います。
このコーナーでは自分の足で「阿佐ヶ谷遊覧」を辿り、変わり行く阿佐ヶ谷の街を
写し取って行こうと思います。


0817.jpg
最初にご紹介するのは、「97.Y字路の地蔵菩薩1」と「98.Y字路の地蔵菩薩2
隣接して立てられている看板に以下のように説明があります。


ここに建立されている石塔は、元禄十年(1697)名の庚申塔および宝永七年(1710)・享保七年(1722)銘の地蔵塔並びに、正徳五年(1715)銘の阿弥陀
塔計四基があります。
(中略 庚申信仰、地蔵菩薩信仰、阿弥陀如来信仰に関する記述)
これらの石塔は、この辺りが武州多摩郡阿佐谷村字東原と称された頃、この地
域の講中の人々によって悪病退散、村民安全などを祈願して建立されたものと
いわれています。現在でも十月二十三日には旧阿佐谷村の人々が中心になっ
て祭礼が行われています。
なお、石塔の前の道は、かつての所沢道、左側の道は天沼から青梅街道に通
じる旧道で、この附近は村の中心地でした。



近所にある関東バスの停留所に「東原」の名が僅かに残っているくらいで、此処
がかつて阿佐ヶ谷の中心地であったとは思いにくいのだけれども、それでも此処
に立ち、沢山の人が今も昔も行き来している事を思うと、変わり行くもの、変わら
ないでいるもの、様々な事が思い起こされます。


おしらせ。
先週掲載した「馬橋公園の謎に迫る」ですが、ニフティデイリーポータルZさんに
コネタとして採用
頂きました。
これからも面白い記事が書けるよう、頑張って行きたいと思います。

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